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最高裁判所第一小法廷 昭和50年(あ)1957号 決定

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人出射義夫、同梶原正雄の上告趣意第一点は、憲法三七条一項違反をいうが、本件の事実関係のもとにおいてはいまだ迅速な裁判を受ける被告人の権利が害されたと認められる異常な事態が生じたものとはいえないから、所論は前提を欠き、同第二点ないし第六点は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、公職選挙法一四二条、二四三条三号にいう頒布とは、選挙運動のために使用する法定外の文書図面を不特定又は多数の者に配布する目的でその内の一人以上の者に配付することをいい、特定少数の者を通じて当然又は成行上不特定又は多数の者に配布されるような情況のもとで右特定少数の者に当該文書図画を配付した場合もこれにあたるものというべきであるから(最高裁昭和三六年三月三日第二小法廷判決・刑集一五巻三号四七七頁参照)、この点に関する原判決の法令の適用に誤りはない。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(下田武三 藤林益三 岸盛一 岸上康夫 団藤重光)

弁護人出射義夫、同梶原正雄の上告趣意

第一点〜第三点〈略〉

第四点 原判決は、第一審判示第四、第五の二の法定外文書頒布の点につき著しい公職選挙法の解釈の誤りを犯している。

右の点の事実を図式的に簡明に要約すれば、選挙ポスターを印刷会社から、西村後援会大阪支部管内用として約一一、〇〇〇枚逓送し、後に選挙管理委員会の証紙一〇、〇〇〇枚が届いたので、西村後援会大阪支部が近特の地区会長会議の際に希望者に証紙の枚数以上のポスターを持ち帰つてもらつた段階が第一審判示第四にあたり、余部のボスターを持ち帰つた地区で部会長会議の際に証紙分の外若干のポスターを持ち帰つたものがあるという段階が第一審判示第五の二にあたるのである。そして起訴外であるが、当該部会長は部分において所属の特定郵便局長と会して、希望の者には証紙分の外に一、二枚のポスターを渡し、その局長は親戚又は知人に托して、ポスターを掲示することになるのである。すなわち印刷所―西村後援会大阪支部(近特)―同後援会地区責任者(地区会)―部会―特定郵便局長―掲示者という六段階を経て掲示されるのであつて、本件は二段階目と三段階目を問題にしているが、いづれも掲示の段階ではなく、逓送の過程なのである。

原判決は、最高裁判所昭和三六年三月三日判決を引用し「近特本部から各地区会長へ、地区会長から各部会への本件無証紙ポスターの配布が当然もしくは成行上不特定または多数人に配布されるべき情況のもとになされたものであることは明らかであるから、それが単なる準備過程にとどまり頒布に至つていないものであるとは首肯できない。また右ポスターおよび証紙は別個になつていて、未だポスターに証紙が貼られておらず、無証紙分のポスターの枚数は、単に計数上のものに過ぎないとしても、法定外文書の特定は、右の程度で足りているものというべきである」と判示している。

本件のポスターは公職選挙法第一四三条、第一四四条に規定されたもので、選挙管理委員会の検印を受けないで掲示した者について同法第二四三条第四号の違反が成立し、法定の枚数を越えて掲示した場合には枚数制限の超過違反が成立するのである。これがポスターに関する公職選挙法の規制の体系なのである。即ちポスターは掲示に関する規制があるのみなのである。

ポスターの逓送が公職選挙法第一四二条の違反を構成することはないと信ずる。ポスターを先づ逓送しておいて、後から証紙を送ることは常に行われているが、このような場合にポスターの逓送の過程で法定外文書頒布罪が成立すると考えるのは全くナンセンスである。末端のポスターを掲示する者が無証紙ポスターを掲示すれば、その者を違反に問えばよく、その共犯と認め得る者を共犯をもつて問擬すれば足りるのである。

本件においては脱法の目的もなく、事前に文書をもつて余分は予備用又は家庭内の目立たない個所に掲示するものと注意の通達もしているのであつて、全くのポスターを傘下に逓付する過程の問題である。原判決引用の最高裁判決は、特定人に文書を交付した場合であつても、不特定多数人に配布される情況の下になされたものであれば頒布にあたるとする解釈を示したもので、本件の如く一つの団体の内部の機構に順次逓送する場合の判例ではない。

選挙界において法定数だけのポスターを印刷する場合は絶無と聞く。おおむね一割程度予備用として印刷し、予備用のポスターは破損汚損の補充や支持者の自宅内に貼られているのである。原判決は、かような実情に無知であつたか、あるいは、何としても本件の発端となつたこの事実を有罪と認めようとしたか、いづれかであろうが、驚くべき法令解釈の誤りである。

公職選挙法の取締規定の脱法を図るものが多いため、従来その解釈が脱法的なものをも取締対象に入れようとして、次第に拡張して来て、そのため合法と非合法の限界が不明瞭になつてしまつている。最高裁判所としては、公職選挙法の解釈にあたつて客観面に重点をおいて違反の成否を解釈する傾向を助長されんことを希望するのであるが、ポスターは掲示についての規制の対象となるものである点を明らかにして頂きたいのである。〈以下略〉

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